2020.03.13

Yancle立ち上げの背景(第3回)〜ヤングケアラーとしての大学生活〜


こんにちは!
ヤンクル代表の宮崎です。

前回に続いてヤンクル立ち上げの背景、わたくし宮崎の原体験について綴ります。 ついに第3回!と一人で物語モードに入っている今日この頃でございますが、あと数回お付き合いいただければと思います。

高校卒業から2年が経過し、ようやく大学に進学したあとのお話になります。 ご相談いただく皆さまの中にも大学時代からケアに携わっている方がいらっしゃるので、共感していただければ大変嬉しいなと思いながら書いていきます。


大学入学後も引き続きヤングケアラー


介護漬けの生活から一転して、立教大学という比較的華やかな大学に入学します。

大学に通っていた方はわかっていただけると思いますが、入学直後に彼ら彼女らが考えていることの8割ぐらいは、サークル、飲み会、バイト、出会いなどなど(全然悪いことではないです)。 少なくとも僕が通っていた大学とその時代はそういった感じでした。 しかも当時の立教大学はサークル加入率が90%を超えているという、僕にとっては恐ろしい光景です。 大学に入ってからも介護をする日々は続いていたからです。とてもじゃないけど、サークルなんて入れない。

僕が大学に入学するころから、母の介護度が上がったのか、難病指定のサービスが使えるようになったのか、そのあたりは父に任せていたので把握していないのですが、外部の介護サービスの利用が増えたことで生活が少し楽になりました。 さらに姉が大学の単位をほぼ取り終わっていたので、日中家にいてくれる時間が増えたのも楽になった要因の一つです。

とはいえ母を2時間以上1人にしておけない状態だったので(喀痰が詰まってしまうため)、授業のスケジュールをうまく調整する必要がありました。


介護してるなんて言えない


大学に通える目処が一応は立ったものの、そう簡単にスケジュール通りにことが運びません。


車椅子に乗った母がベッドに戻りたがらないとか、ご飯を食べるのが遅くて間に合わないとか、急いでいるのに喀痰の吸引をしなきゃいけないとか、家から出られないという状況が断続的に発生します。 その度に授業に遅刻したり欠席したりしていました。そうなるともう単位を取ることを諦める気持ちが込み上げてきます。

周囲の人たちはサークルを楽しみ、バイトをして、毎日のように大勢でお酒を飲んで、それでも授業に出ているのに、なぜ自分は介護…?という悲観的思考のスパイラル。 それに拍車をかけるように、大学に行くと「何で授業に来ないの?バイト?」「飲みに行こーよ!」「久しぶり!最近何してんの!?」みたいな声を掛けられます。

悪気はないし、仲良くなろうとして声を掛けてくれていることはわかっているけれど、だからこそ介護をしているなんて言えない。 僕だってみんなと仲良くなりたいし、誘われるのがすごく嬉しいから、その空気を壊したくない。 「うん、ずっとバイトで忙しくてさ、いつもごめん」と毎回嘘をついていました。

そんな大学1年生、年間で取れた単位はたったの8単位でした。


介護をしながらクラブに通う大学生


それ以降もしばらくはほぼ同じような日々が続きます。

友達に会うのが怖いから裏口から大学に入り、一人で授業を受けて、階段の隅っこでご飯を食べるという、座敷わらしのような大学生。 さすがにバイトをしないと生活が苦しいので、週に1〜2回ほど深夜の居酒屋のキッチンで働いていました。

もしそのまま大学生活が終わっていたら、会社を立ち上げるなんてもってのほかで、社会にすら出れていなかったかもしれません。 ですが幸いなことに、そうはならずに済みました。座敷わらしが人間に戻れる聖なる場所を見つけたのです。それは夜の世界です(笑)

小中学校のころの仲の良い友人たちがDJを始めました。 定期的にクラブでイベントを開催するにあたって、そこに誘われるようになります。 クラブとはいっても皆さまがおそらく想像されるような、俗にいうチャラいクラブではなく、音楽好きが集まる真面目なクラブです。そんなクラブがあるのかと言われますが、本当にあるんです(サービスイメージのためにも強調します!)。

クラブではイベントが始まるのがだいたい夜の10〜11時です。 ご飯を作り、母に夕飯を食べさせ、薬を飲ませて寝かしつけた後の自由になれる時間と、イベントが始まる時間が一致している。そして僕は高校時代から音楽が大好きだったので、まさにうってつけの場所でした。

クラブの世界はダイバーシティに富んでいます。 僕のように昼間に生きづらい若者もいれば、複雑な家庭の人、LGBTの人もいる。生まれも育ちも学歴も関係ない。昼間に何をやっているのかを聞かれることもほとんどない。音楽を聴きながらお酒を飲み、他愛もない話をするだけ。普段とは別のイベントに誘われても、同じような時間帯なので、二つ返事でOKできる。 昼間介護をしている僕にとって最高の場所でした。


そこで色んな人と話し、繋がりを築き、時にはイベントを手伝ったりする中で、初対面の人とも躊躇なくコミュニケーションが取れる社会性を身につけ、介護によってガチガチになっていた殻を破ることができました。

でも、あまりに酔いが進むと、クラブのトイレに篭って泣き続けることも多々ありました。

その頃の周囲の友人たちへ、迷惑かけてごめんなさい(笑)

単位はOK、でも就活が


そんなこんなで大学生活も後半になると、姉が資格取得のために休学したり、弟が大きくなったので家庭のことを手伝ってくれるようになるなどといった変化があり、時間の融通が効くようになります。

1〜2年生で取れなかった単位を取り戻すチャンス。 もちろんその時期も介護はしていたので、レポート提出だけで単位取得が可能な授業をなるだけ受けるようにしながら、なんとか卒業を見込めるだけのレベルに達しました。

幸いなことに3人兄弟の家庭なので、何とか3人で分担しながら乗り越えることができました。

そこで今度はヤングケアラーの就職の壁が立ちはだかります。

続く。